観光・文化・施設

加美区 山野部(やまのべ)

烏帽子山の山麓、杉原川の支流、山野部谷川の流域に位置します。
南に、中区の徳畑集落と境目の低い山が横たわり、北・西・南の三方山の地形から「山の辺」といったことにより「やまのべ」といわれる説や、天平17年(745年)の仕丁送文に現れる(正倉院文書25/大日吉)、播磨国造の一族で、山部であった山直枝・国足の父子の居住地であった山直枝・国足の父子の居住地であったことによる説があります。

むらづくり活動

① 黒豆まつり(枝豆まつり)

11202_ext_11_0.jpg平成10年から毎年10月に開催。集落民だけでなく、大阪、神戸、三重県等町外から観光バスで参加者が訪れ、集落民と都市農村交流イベントを楽しみます。

むらの宝

① 大歳神社

祭神は、大歳神おおとしのかみと天御中主神あめのみなかぬしのみことで、創立年月日不詳です。

柿葺こけらぶき入母屋造の本殿と瓦葺切妻造の幣殿、瓦葺入母屋造の拝殿があります。

 天保時代の火災のため社宝および重要書類などがことごとく焼失してしまいました。現在の社殿は天保8年の再建の棟札があり、たびたび改修されて今日に至っています。

10月に行われる秋の大祭には曳山を曳き宵祭りを行います。

②常楽寺

開基は不明ですが、300有余年前、霊光天皇の御宇、寛文2年(1662年)に入寂した秀編上人を初め、先師歴代の入寂年月日を算し、法灯消えることなく現在に至っています。

本尊は薬師如来,脇待は十二神将,持仏は金剛界大日如来、弘法大師です。

③ 慶祐けいゆうさん

慶祐上人は今から200年ほど前の天明~文政頃、常楽寺の住職でしたが、その頃、大飢饉が続いて農民の生活は大変苦しかったと伝えられています。上人さんは、人々を愛し、村を思う一念から、日夜精進され、本尊薬師如来に祈願し、人々の病苦救済を願ってやみませんでした。晩年には目の病気に冒されましたが、ついに意を決し、約1ヶ月の断食を行いました。そして、命が尽きそうになったとき、村人を呼び寄せて次のように言われました。

「私は、今入寂する。没後も依頼があれば、首から上の病は必ず治してあげる。皆の幸せと村の平和を願います。どうか、人々のよく詣ってくれる、そしてなつかしい村人たちの顔がよく見えるところに葬って欲しい・・・。」と。村人達は、遺言どおり、この地にお祀りして上人さんの遺徳をしのび、今なお、村人がそのご加護をいただいています。

④ 溢禦塚

杉原川の氾濫で被害を蒙ることが度々ありましたが、徳川中期安楽田村清水権兵衛が世話役をされ西脇集落と妥協して西脇地区を通って現在の水路を設ける事ができました。清水権兵衛の恩義に感謝するため溢禦塚いつぎょつかを建立しました。

集落マップ

※地図の表記が実際と異なる場合がありますが、ご了承ください。