観光・文化・施設

八千代区 中野間(なかのま)

加古川の支流、野間川の中流域で大和川と仕出原川の3川が合流するところにあり、笠形山の南東に位置します。①川西かわにし②三室みむろ③片瀬かたせ④花はなの宮みやの4集落があり、地名の由来は「中沼なかぬま」から転じて「中野間なかのま」となったといわれています。

むらの宝

① 極楽寺

11233_ext_15_0.jpgはくち2(651)年、法道仙人の開基と伝えられています。現在の仁王門は18世紀半ばに建立されました。

◎「六道絵ろくどうえ」は国指定重要文化財です。

六道絵

3幅が連幅となっている鎌倉末期の絵画で、画面上方に十王が位置し、その下に六道の様子が示されています。

地獄は3幅にわたって描かれていて、六道最大の見せ場になっています。

特に阿鼻地獄あびじごくは中央幅の大部分を占めています。(縦138㎝,横120.5㎝)

<那珂ふれあい館HP 「絹本着色六道絵」

    

◎「釈迦涅槃図しゃかねはんず」

釈迦の臨終の情景を描いたもので、鎌倉時代の作品といわれています。

図様は沙羅双樹の下、中央に横たわる釈迦を囲んで多くの人が嘆き悲しみ、また、鳥獣までも悲しんでいる様子がうかがえます。(縦144.0㎝,横98.7㎝) <那珂ふれあい館HP 「釈迦涅槃図」>

◎「当麻曼陀羅図たいままんだらず」

中将姫が蓮糸で織り上げたという伝説をもつ浄土の図で、奈良の当麻寺(たいまじ)に伝わることからこのようによばれます。室町時代中期の作として、図の中央には阿弥陀三尊が大きく描かれ浄土の様子が描かれています。(縦196.5㎝,横197.0㎝)

◎「竹谷山道脇寺往古伽藍之図たけだにさんどうきょうじおうこがらんのず」

主に、神社仏閣への参詣宣伝を目的として作成された宗教的な案内絵図で、参詣曼陀羅さんけいまんだらと言われています。参詣曼陀羅には、人々にその地を訪れたいという気持ちを起こさせることが肝心ですが、室町時代末期に作成されたこの図は、極楽寺の本山であったと考えられる道脇寺どうきょうじの伽藍と多くの参詣者でにぎわう境内の様子を描いています。(縦168.0㎝,横121.3㎝)

◎「伊勢和山中興図いせわさんちゅうこうず」

この図は、江戸時代中期の作品で、大きく上下2段に描き分けてあります。下段には、本堂の建築工事の様子が、木材調達から落成式まで、工事の節目ごとに年月日を入れて描かれています。(全て手仕事で行う大工や、丸太を運ぶ人たち、また完成を祝う老若男女がいきいきと描かれています)

上段には、完成した本堂を中心に伊勢和山いせわさん(極楽寺)の全景が描写されています。

② いぼ薬師

11233_ext_15_1.jpg山中の通称「よそべ谷」の県道淵に薬師如来が祀まつられています。谷間から流れる清水が年中絶え間なく流れていることから「清水薬師」とも名付けられています。お供えしてあるすべぼうきでイボをはきなでてお願いし、イボが治ると、お礼に新しいすべぼうきをお供えします。

③ 山口経塚

平成5年度に調査した結果、山腹を2段から3段に築成して経塚きょうづか2基を築いたようです。

経塚の周辺には、掘立柱の建物跡や水溜の施設、道路などが見つかっています。

隣接する尾根にも須恵器すえきが見つかっています。

④ 光竜寺山城こうりょうじやましろの跡

八千代地域局北方にある標高214㍍の通称「トンナ山」の山頂部を主郭とする梯郭式山城です。室町時代中期から戦国時代にかけて建てられ、主郭は南北50㍍,東西24㍍の広さを持っています。野間山城に比べて居住性が高く2郭には建物跡が残っています。

また、この城山の跡を広く伝えるため、毎年5月に公民館周辺で城山まつりが開催されています。当日は、城山の模型を使った当時の野間城下の説明や、甲冑かっちゅうを身にまとい16世紀の野間城下で行われた合戦の様子の演劇が催され会場は大盛況です。

参加者には、当集落からナメコ汁やおにぎりが振る舞われます。

⑤ 片瀬戎

毎年、片瀬の代表者が西宮えびす神社にお札を頂きに参って、1月10日に片瀬のえべっさんで参拝者に配り、1年間の商売繁盛を願います。周辺にはコミュニティ公園やゲートボール場があり住民の憩いの場として親しまれています。

⑥ 火車神社

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⑦ 中野間貴船神社

11233_ext_15_6.jpg氏子は中野間なかのま・下野間しものま・仕出原しではらにまたがっています。祭事には馬駆け(流鏑馬やぶさめ)、屋台の練り込みが行われています。馬駆けについては、その昔、土地の豪族が五穀成就ごこくじょうじゅの吉凶を弓矢の的にかけて試したという故事にならって、毎年3集落が交替で当元をつとめる習慣になっています。まず、塩ふりが道先を清め「馬乗り」が弓矢で的を射て参道を三往復します。

昔は参道の両側を参詣人が取りかこみ、馬の尻を竿や竹でたたいて狂奔させて盛り上げることが習慣だったようです。

⑧ 川下神社

11233_ext_15_7.jpg仕出原川しではらがわ、野間川、大和川が合流する花の宮の三角点にあり「かわっさん(かわっさはん)」などと親しまれています。昔は拝殿がなく、今よりはもう少し大きい社殿があるだけでした。

境内手前の川に近いところにある岩を積み重ねた灯籠も、昔は川の中にあったようです。

また、この神社で毎年7月、川合三まつりが開催され、地域の皆さんが、焼きそばやおでんなどの露天を出され多くの人が参拝されます。

⑨ せせらぎの小径

11233_ext_15_8.jpg花の宮から下三原まで大和川沿いに続く散策道です。

楽しくウキウキ弾みながら散歩して欲しいとの願いから、『飛人橋とびとばし』とよばれる橋が架かっています。

集落マップ

※地図の表記が実際と異なる場合がありますが、ご了承ください。