観光・文化・施設

加美区 鳥羽(とりま)

三国岳の南東、加古川の支流杉原川の上流域に位置します。
三国岳の頂上に鎮座し、後に村里へ遷座した『式内社天目一神社(あめのまひとつじんじゃ)(後に青玉神社と改称)』の「祭場(まつりば)」が「とりば」となり、「鳥羽」の文字が当てられ「とりま」と呼ばれるようになったといわれています。
三国岳(みくにだけ)は播磨、但馬、丹波の国境にそびえ、日本地図には必ずその名前が出ています。そのくせ千ヶ峰の名前におされてか、あまり振り向かれない山ですが、三国山麓には優れた山林があり、つきることのない渓谷には滝があり、淵があり絶景です。
この草深い谷も、夏になると百合の花が咲き、私たちの目を楽しませ、山登りの喜びを味わうことが出来ます。

むらづくり活動

むらの顔づくり(公園整備事業,観光名所整備事業)

コミュニティ活動事業(世代交流)

ひとづくり事業(青少年育成事業)

環境美化活動事業(村内及び地域周辺清掃及び整備,ゴミ収集ターミナル整備,花いっぱい運動)

教育・文化活動事業(集落新聞発行)

むらの宝

青玉神社

277_ext_15_0.jpg天戸間見命(あまときみのみこと)と大歳御祖命(おおとしみおやがみのみこと)を祀(まつ)っています。創立年月日は定かではありませんが、最初、三国岳(みくにだけ)の頂上に鎮座し、のち、山麓に近い現在の地に移(うつ)されたと伝えられています。

また一説では、この神社を式の天目一箇神社(あめのひとつめのじんじゃ)であるといい、天戸間見命(あまときみのみこと)とは天目一箇神(あめのまひとつのかみ)の別名で、青玉というのは、命(みこと)が神木にお触れになったところ片眼を失明されて青色になたことから、そう呼ばれるようになったと言う言い伝えがあります。

柿葺流造(こけらぶきりゅうづくり)の本殿、檜皮(ひはだ)葺切妻造の幣殿、萱(かや)葺入母屋造の拝殿をもち、境内には杉が林立し、森閑とした空間を作り出しています。

中でも、拝殿を拝むように立つ七本の杉は樹齢600年~1000年という巨木で、県指定天然記念物です。

湯立て祭り

277_ext_15_1.jpg青玉神社の境内に正面左右2列に幣(ぬさ)を立てて釜を並べます。社殿寄りの釜は『本釜』、下座の釜を『添え釜』といいます。

本釜は12釜で12ヶ月を表し、集落の区長、宮元など関係者が奉納します。

添え釜は、それ以外の病気平癒などの願を立てたい人が奉納します。釜には3本の割木を支えにして乗せ、割木に奉納者の名前を書きます。

巫女が『浦安の舞い』を舞い、神前の儀式が終わると、湯の前で『四方拝』を舞い、神楽に合わせて湯気をたてている一つひとつの釜に神酒、洗米を少しずつ入れてさかき榊の枝で湯をかき混ぜます。次に2束の笹で釜の湯をかき回し、左右に3回ずつ湯をはねます。この湯をかけてもらうと夏負けしないと言われています。

清浄な桶に一つ一つの釜の湯を取り神前に供えます。

巫女の使った笹は、三角に折って家の戸口にさしておくと雷が落ちないし、釜の中の洗米でご飯を炊いて食べると丈夫になると言われています。また、幣(ぬさ)は家に立てて、1年経ったらご神木のそばに納めます。

青玉神社夫婦大杉

277_ext_15_2.jpg昭和43年、青玉神社の群生大杉7本は県指定の天然記念物となりました。

樹齢千年とも言われるこれらの杉のうち、最も巨大な杉は、地上8メートルの幹の途中から2つに分かれて天に伸びており、夫婦円満と縁結びのご利益が信じられています。しかし、この夫婦杉、何度か倒木の危機に遭いました。1度目は、昭和56年、幹分かれした付近の腐植が進み、さらに亀裂が生じてしまったのです。このとき、文化財保護事業により工事が施工されましたが、ライオンズクラブからの寄付金、地元集落からの負担金も拠出され、多くの住民の力によって救われたのです。

また、神社周辺は、地元で「台風銀座」と呼ばれるぐらい風が強いのですが、平成16年の台風23号の影響や、地形が神殿のすぐ裏手の石積みの上にあり根が浅いことから腐敗が進んだため、樹木医による調査が行われ、保存修理が行われました。

乳の木(青玉神社の銀杏の大木)

樹齢千年程度になる銀杏の太い枝のいたるところに大きな乳房に似た変形枝ができています。乳の出があまりよくない母親や乳房にかかる悩みがある方は是非一度行ってその効果をおためしください。

第1回美しい日本のむら景観コンテスト

雪が降りしきる中、この集落にある杉原紙研究所で行われる楮(こうぞ)を干す風景が『真冬の風物詩』として、平成4年度に開催された第1回美しい日本のむら景観コンテストにおいて「全国森林組合連合会会長賞」を受賞しました。

集落マップ

※地図の表記が実際と異なる場合がありますが、ご了承ください。